アガリ・イリ・フェー・ニシ

それぞれに東と西、南と北のことである。方角という日常最も基本的な語彙がかくも違う。つまりそれほど日本語と沖縄語は隔たっているということだ。もっとも、文字が普及する前、言葉というものは土地ごとに揺れたり変わったりしていたのであって、標準的な日本語が最初から確固としてあったと考える方がおかしいのだろう。
アガリは太陽が上がるから、イリは太陽が入るから。この2つは明快である。東と西はいつでも太陽という基準によって定まる。太陽に向かうから日向かしがヒガシになったという標準日本語の方の語源より沖縄語のアガリの方がよほどわかりやすい。西をイリという例で内地でも比較的よく知られているのは、西表島という地名。宮古島の南東端から長く伸びる岬の名は東平安名崎と書いてアガリヘンナザキと読む。ただし、最近では無知な観光客の誤読が定着してヒガシヘンナザキと言ったり、東の字を取ってしまってただのへンナザキだったりする(北西の側には西平安名崎がある)。
フェーとニシの語源は何だろう。南と北は太陽という絶対の基準がないので、風の名前がそのまま方角になることが多い。そして、風の名というのは津々浦々でしばしば異なるのだ。遠方との交通があまり盛んでなかった頃には自分たちの生活圏だけで通用する呼び名があればよかった。漁具・農具や魚や虫など卑近なものの名は地方ごとに違う(日本全国ではメダカの方言名が2000種類以上ある)。風の名も土地ごとに違う。それが北と南の呼び名を決める。言ってみれば東西は宇宙的であり、南北は生活的なのだ。
南は沖縄本島ではフェー。これが八重山に行くとハイあるいはパイになる。南風と書いてハエと読ませる例は西南日本全域にある(詩語としては白南風などというのがある)。波照間島の南にあるという理想郷がパイパティローマと呼ばれたのは、つまり南波照間ということ。
南風はフェーヌカジ、あるいは単にフェーと呼ばれた。これが方位の名になった。昔の沖縄では父親のわからない子をフェーヌジュリングヮーと呼んだという。直訳すれば南風の遊女の子。南風が遊女に生ませた子かもしれない。うりずんの到来を告げる南の風はウリズンベーと呼ばれるが(べーはフェーの転化)、あの風ならば、なにしろ草木をみずみずしく繁らせるのだから、遊女に子をさずける霊力があるかもしれない。
さて、問題はニシ。なぜ内地と沖縄で90度も変わってしまったのだろう。大隅諸島や奄美諸島では西と北の間をすべてニシと呼ぶところから、南下するにつれて連続的にニシと呼ばれる方位が時計回りに変わっていったとする説がある。沖縄では秋になると吹きだす北の風をミーニシという。新しい北風の意で、これが吹くと暖かい沖縄でもずいぶん涼しくなった気がするものだ。








































































































































































































































