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ミルク

執筆者:

写真:垂見健吾

未来神的要素を持った神で沖縄全域に存在し、とくに八重山の布袋ほていの面をかぶったものが有名。石垣島の登野城とのしろにある面がほかの島々に渡ったものと見られる。ミルクの語源は弥勒と言われ、よくこの文字が当てられるが、ルーツは弥勒菩薩でも、それが八重山の島々でユニークな変容をとげ、五穀豊穣と幸福をもたらす神としてあがめられるようになった。弥勒とするより、ミルクとしか言いようのない神、と考えたほうがいいだろう。

ミルクの面の形や表情は島によってちがう。一般的にはミルクは微笑んでいるイメージがあるが、場所によってはまったく笑っていないものもあるという。行列を作って練り歩くものもあれば、神聖視され人を近づけないものもある。島ごとに性格が少しずつちがうのも、いかにも島の神さまらしい。

わたしが見たのは波照間はてるま島のムシャーマに登場したミルクである。ムシャーマは盆に行われる島最大の行事で、ミルクを中心に行列が練り歩く。島の人によればミルクは子だくさんのお母さんで、うしろにつづく子供たちはミルクンタマー、つまりミルクの子供なのだそうだ。クバの皮で作った長髪のかつらをかぶり、顔をひげで覆った珍妙な格好をしたブーブザと呼ばれる者が、行列の横からひょうきんな仕種で付いてくるが、これはミルクの夫だといわれる。夫は遊び人で家によりつかなかったが、子供や孫は立派に繁栄したという、ミルクを称える意味が込められている。ミルクに頭が上がらないブーブザは、おどけた動作で照れくさそうに付いてくるだけだ。
 ミルクは右手にうちわを持ち、左手で杖をついて進む。足を半歩前に出しては、子供たちは来たかな、というふうにゆっくりと上半身をまわして後ろを振りかえる。その優雅な身振りはほんとに豊かな世を連れてくるようだった。