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ソテツ

執筆者:

写真:垂見健吾

温泉地は「○○地獄」などと呼ばれる。心身をリフレッシュさせ、健康にも良い天国のような「地獄」だ。かつて、沖縄には「ソテツ地獄」、奄美には「黒糖地獄」があった。

大正時代の終わりから昭和初期にかけ、飢えをしのぐためソテツの実や幹を食べたのがソテツ地獄。近世に薩摩の直轄支配を受け、過酷な黒糖生産に駆り出されたのが黒糖地獄。

ソテツの実や幹はでんぷんを含んでいるため、救荒食物として「琉球農務帳」にも必ず植え付けるよう栽培方法が記されている。だが、サイカシンという毒性があるため、水に十分浸けて完全に毒抜きをしないと中毒を起こす。宮古では死者が、奄美では毒抜きの水を飲んだ牛が死んだりしている。

ソテツの実
写真:垂見健吾

「地獄」の代名詞になったソテツだが、おかゆ、みそなどに加工され、いざという時に人々の命を救っている。戦前、戦後、奄美ではソテツの葉がクリスマスの飾りにうってつけだとしてドイツに輸出されたこともある。12月に葉を切り、集落の広場に集めて検査。合格した葉は子供たちがわいわい言いながらくくった。「ソテツ葉くびり」という言葉も生まれるほど師走の風物詩だった。子供たちにとってはお年玉代わりのいいアルバイトだった。 その後、路傍植栽、観賞用、砂漠地の緑化など多方面に活用されているのは周知のとおり。

用途の広いソテツだが、最大の特徴は驚異の生命力。恐竜がかっ歩した1億5000万年前から存在。巨大いん石の衝突で地球の気候が激変、恐竜は絶滅したがソテツは生き残った。 とにかくしぶとい。台風にも干ばつにも荒れ地にも強い。鶴は千年、亀は万年といわれるが、ソテツは億年だ。地獄というより、長寿の代名詞にこそふさわしい。沖縄の県花はデイゴ、奄美・名瀬市(現・奄美市)の市花は移入もののハイビスカスだが、かつては長寿日本一を誇った沖縄・奄美を代表する植物はソテツをおいて他にない。

「赤いソテツの実も熟れるころ」と流行歌「島育ち」や奄美の新民謡「そてつの実(ナリ)」にも歌われている。田畑の境界線には今もソテツが植えられている。石垣を積むよりも、防風に優れ、丈夫で長持ちするからだ。奄美大島の笠利町(現・奄美市)には岬一帯にソテツジャングルが広がり、龍郷町安木屋場あんきゃばにはひと山ソテツが茂る「ソテツ山」があり、徳之島町金見にはソテツのトンネル(遊歩道)がある。

奄美大島の瀬戸内町役場では97年から地域特産物として生産を奨励。同町の与路よろ島にソテツ団地を整備。温泉のように「地獄」といわれつつ、温泉に勝るとも劣らない効用を持つのがソテツだ。1

【編集部注】

  1. 1990年代、与路島にソテツ生産組合が組織されたが、組合員減少により解散。