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グルクン

執筆者:

写真:垂見健吾

一つ大きな偏見がまかり通っている。「沖縄の魚はまずい」という偏見である。

これはおそらく、沖縄近海の魚の姿形、特に色彩が内地のものと違って珍奇で強烈、馴染がないせいだろう。那覇の市場の魚屋の店頭で、サンゴ礁に潜った時に目にしたのと同じ極彩色の魚たちが並んでいるのを見かけ、「あーこりゃダメだ」と諦めてしまうのだ。食わず嫌いの偏見と言える。

実は私も最初の頃はそうだった。山羊料理や豚肉料理には箸を伸ばしても刺身や魚料理は注文する気になれなかった。

しかし何度か沖縄に通ううちに、イラブチャー(アオブダイ)やミーバイ(ハタの一種)の刺身や潮汁、スクガラス(アイゴの稚魚の塩漬け)などを口にする機会があり、まんざらでもないと思うようになった。そして決定打は、沖縄の県魚グルクンのアギヤー(追い込み網漁)を取材したこと。

サンゴ礁域に棲むグルクンは沖縄沿岸で唯一多獲できる魚種であり、従って漁業の対象となっているわけだが、石垣島のアギヤーで引き揚げられる袋網の中にはカブクワーグルクン(タカサゴ)とウクーグルクン(クマザサハナムロ)が多かった。沖縄に8種いるグルクンのうちもっとも普通な種類で全長30センチ前後、いずれも体色は鮮やかな青緑色で長い胸ビレや腹部が赤らみ、全身に金や銀の粉をふりかけたような輝きがある。

偏見からすれば思わず溜息の出る派手な体色だが、ウミンチュ(漁師)たちがその場で手早くさばいてくれた刺身を一口頬ばってみると、これがなかなかうまいのである。くせのない淡白な味で、少し柔らか目のボラの刺身に似ている。なぜか醤油の他に粉ガーリックがたっぷり添えてあって、これも船上のシンプルなグルクンの魚肉と不思議にあう。

写真:垂見健吾

石垣市内に戻ってから、グルクンの空揚げ、グルクンの塩焼きなど、地元の人々が日常食べているグルクン料理を食べてみた。

いける。特にあつあつのさっぱりした空揚げの白身は、よく冷えたオリオンビールにピッタリだ。聞くところによると県魚グルクンは沖縄でのみ消費され県外ではほとんど売れないという。偏見のせいかもしれない。もしそうだとすれば、食わず嫌いによって地域独特の味が守られていることになる。偏見も時には価値がある(?)と私は思った。