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ミーニシ(新北風)

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漢字が示すように、冬の訪れを告げる北風のことだが、困ったことに、気象台に問い合わせても、「これがミーニシだ」という定義はないそうだ。
 「沖縄の気象暦」では、ミーニシのことを「寒露の頃に入ると大陸高気圧の吹き出しがようやく亜熱帯の当地方(沖縄)にも及ぶようになり、季節を振り分ける北東季節風が吹き始める」と説明しているが、普通の人が持つミーニシの概念とは少し違うような気がする。

ミーニシは、11月の半ばから後半にかけて吹く、本当に冷たい北風である。その頃には南国沖縄も朝夕は涼しく過ごしやすいのだが、前日までの心地よい風とはまったく違って、ミーニシは冷たい。沖縄人に冬を感じさせる最初の風、それがミーニシだ。住んでいればだれもが気づく、暦ではなく肌で感じる季節の変わり目なのである。この頃には、渡り鳥のサシバも遥か北方から沖縄地方に南下してくるのだ。
 これが吹いた日にゃ、家庭で職場で学校で、みんなニコニコ笑って「ミーニシだぁ」と大騒ぎ、まではいかなくても、小騒ぎする。定義はないと気象台も言っているのに、新聞までが「ぶるっ! ミーニシ吹く」と社会面で報じる(ときもあった)。
 なぜ、この風が多くの人を喜ばせるのか、理由はさまざまだが、その一つに「正々堂々と長そでを着られる」というのがある。ファッションに関心が高い女性たちにとって、ミーニシはおしゃれのターニングポイントなのだ。街を歩く女性たちが冬の装いを楽しんでいるのを見て、男たちも1年ぶりの遅い冬の訪れを目でも実感する。一足先に衣替えを済ませて「暑い、暑い」を連発していた学生たちにも、ミーニシは救いの風となるのである。
 1年の3分の2はTシャツ短パンで過ごせる沖縄だからこそ、「寒さ」はひときわ新鮮で、印象的なのだ。暖房器具が充実していなかった頃は、この風に気を引き締められたのだろう。「ミーニシ吹かば身持ち美らくしーよー」(新北風が吹いたら健康管理に気をつけなさいよ)と、昔の人たちはとくに妊婦をいたわった。

寒さを象徴する方言は他にもあって、例えば冬至の頃に訪れる寒さを「トゥンジービーサ」、旧暦の12月8日の鬼餅むーちーを作る行事の頃の寒さを「ムーチービーサ」という。この頃になると、本当に急激に寒い日が続くから不思議だ。経験に基づく昔の人の季節感には感服する。
 逆に、夏の風にはあまり沖縄の人は頓着しない。春の訪れを告げる「うりづん南風(うりづんべー)」や夏至のころに吹く「夏至南風(かーちべー)」などの名称はあるものの、めったに耳にすることはなくなった。忙しい現代の沖縄人にとって、南風が吹くのは当たり前なのだ。……ちょっと寂しい気がする。