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ポーポー

執筆者:

写真:垂見健吾

板張りの外壁に塗られたペンキの淡い青がはかなげで、幻のような店だった。国際通りの裏手、迷路のように曲りくねった細い路地にあって、何度行っても行くたびにようやく探し当てるという思いがあったから、いっそう幻めいた印象だったのかもしれない。「ポーポー屋」というそっけない屋号だった。
 小さなオバァが、ひたすらポーポーとチンビンを焼いていた。その焼く手つきが見たいばっかりに店先に立ち、立てばなにほどかのポーポーかチンビンをもとめた。

ポーポーは小麦粉をクレープのように薄くのばして焼いた皮に、アンダンスー(豚脂入り味噌)を包んで巻いたもの。皮は白い。チンビンは、小麦粉をねるとき、黒糖こくとうをとかして入れ、やはりのばして焼く。こっちは皮をぐるぐる巻きにしただけで中身は入らないが、色は黒糖入りで茶色。どういうわけか、皮にあばた状の孔があいている。
(急いでつけ加えると、沖縄菓子にくわしい新垣淑哲さんは、アンダンスー入りの皮の白いのがチンビン、黒糖入りの茶色いのがポーポー、それが昔の名称だった、という。この説は、くわしく調査するに価いする)
 以前は沖縄の子供の日ともいうべき4日の日(ユッカヌフィー、旧暦5月4日)に必ずつくるおやつだった。ポーポーとチンビンはいまでもけっこう子供に人気があるといわれているが、昔のように家庭でつくっているかどうか。そのへんはどうも心もとないが、那覇の市場に行けばいつでも買える。そしてポーポーのほうは皮が甘くないから大人でもけっこうおいしく食べられて、琉球料理店で料理の一品として出すところがある。

けれども、あの牧志まきしの「ポーポー屋」はなくなってしまった。30年ほど前、近くを通りかかったので寄ろうとした。いくら探しても店が見つからない。近所の人に訊き訊きして、店がなくなったことをようやく知った。
 デイゴの真紅の花が目を射す若夏わかなつの午後、淡い青色のあの家が見たくて歩きまわったが、店のあった場所をつきとめることはとうとうできなかった。あの店は煙のように消えてしまったのだ。