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那覇の大綱挽

執筆者:

写真:垂見健吾

地球の温暖化だけでは説明がつきにくいほどに全国的に暑い。

久しぶりにバリ島へ行った。8月だったのだが、風がサラサラと吹いていた。バリ島行きの少し前に出張で東京へ行ったのだが、とにかく暑かった。なにしろ体温に近い気温で、クーラーの室外機の真ん前にいるようだった。レコード店前のビクターの犬みたいに東京中の人々が何となく舌を出してハーハーしていた。暑さは東京に限らず全国的なもので、テレビ画面で見る「全国の天気」では、下手すると沖縄の気温が一番に低かったりする。この様子だと、「暑い夏は沖縄で避暑を」というキャンペーンが出てきてもおかしくはない。

東京よりも沖縄が、沖縄よりもバリ島が涼しかった。バリ島では、あまり動き回ることをせず、以前から気に入っているサヌールにとどまっていた。祭との遭遇に期待していたわけではないが、とんでもない大きな祭祀にぶつかった。村の寺院のオダランであった。オダランとは、いわば「創設記念日」みたいなものである。人に誕生日があるように、寺院にも誕生日がある。人々は各家庭ごとにガボガンという供え物を運ぶ。それが一列になって村の隅々を回る。その数400であり、実に壮観だった。
 祭列の頭と尻には、バラガンジョールと呼ばれる移動式のガムランを奏でていた。普段のガムランと違って、道行きのガムランで、よりリズミカルな演奏を行う。
 このバラガンジョールは以前から何度となく見たことがある。もっとも楽しげなのは、バリンチュー(バリ人)たち最大の至福とも言うべき聖なるブサキ寺院への参拝の際に見られるバラガンジョールだろう。集団でトラック数台をチャーターして向かう。車に積んでガムランだって演奏する。ぎゅうぎゅう詰めの荷台だが、全員が目を細くして目的地に向かう。
 この姿、どこかで見たことがある。何だったのか。
 そうかぁ、こういう光景って那覇にもあった。

昨年までは毎年10月10日の体育の日1(今年からは第2日曜日)に行われる「那覇大綱ひき」であった。私の生まれ育った真和志や小禄、それに首里からは会場まではある程度の距離があるために、旗頭はトラックで運ぶ。その際、旗頭を持つ人や鳴り物担当の人々もトラックで移動する。
 祭が終わり、人々はそれぞれの地域へと戻る。その時に首里に戻るトラックに便乗させてもらった。そうなのだ、この姿はバリ島でよく見かけるのと同じではないか。
 若い。ほとんど高校生くらいの世代が中心であった。長い期間の練習を経て本番を迎える。国道58号線での綱ひきを終え、国際通りを経由して首里に向かう。ケレンケンと鳴らす鉦鼓や締め太鼓を打ち鳴らし鳴らしトラックは衆目の国際通りを北上する。高校生世代からすると、こういう快感は癖になるだろうな。なにしろ若い女性たちが熱く注目もするのだから。いよいよ大きな掛け声を発しつつ一気に首里の坂を登る。また今年も乗ってみたい。

【編集部注】

  1. 体育の日は2020年よりスポーツの日に改称。