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月桃

執筆者:

写真:垂見健吾

「はじめまして」「お世話になります」と名刺を差し出すのが普通の名刺交換だが、沖縄ではそれに続いて「おや、あなたも?」と顔を見合わせニコッとなるときがある。お互いに月桃紙の名刺で「おっそろーい」状態になったときだ。さらに、名刺入れがミンサー織りで、これまた「おっそろーい」だったりすると、「やっぱりウチナームンはいいですね」と一気にうちとけたりする。

月桃紙は、月桃の繊維を原料にした紙で、淡いクリーム色に、ところどころ茶色の繊維が混じり、一枚一枚違った表情を持っている。

月桃は、方言でサンニンと呼ばれるショウガ科の植物で、光沢のある丈夫な葉は、ムーチーを包む葉っぱ「ムーチーガーサ」として親しまれている。ムーチー(旧暦12月8日)の時期になると、県内の保育園・幼稚園では、子どもたちが自分の手よりも大きい月桃の葉に、ムーチーを包む姿がみられる。蒸しあげられたムーチーには、月桃の葉独特の、鼻をスーッとさせる香りが移り、淡白な味のアクセントになっている。

昔の子どもたちは、月桃の花を口に含んでほおずきのように「プー」と鳴らして遊んでいたそうだ。幼稚園教諭の母が、クラスの子どもたちにさせてみたが、残念ながら一人も鳴らすことができなかった。どうやら今の子どもたちにとって、月桃にふれる機会は、年1回のムーチーのときだけしかないようだ。昔は、どこにでも生えていたから、ムーチーの時期が近づくと、裏庭や近くの山から刈りとってきた。最近では、都市部では生えているのを見つけるのが難しいし、時間的なこともあって、洗って束になった月桃の葉を、市場で買い求める人も少なくない。

その一方で、月桃の持つ防虫・防臭・抗菌効果が、様々な分野で注目を集めている。月桃紙は、名刺や葉書等の日常的なものから、重要書類の保存用の箱としても使われている。月桃繊維は、その他にも畳として、また、自然な色合いと豊かな通気性を持つ布地となり、洋服やハンドバッグに利用されている。月桃の葉から抽出されたエキスは、そばやケーキ、餅等に使われ、月桃の葉の美しい緑と、独特の風味を持つ食品が、続々登場している。「月桃の里」宣言をしたちゃたん町には、いつみグループが歌う「北谷サンニン音頭」も誕生し、月桃を使った町おこしが盛り上がりをみせている。ムーチーの時期以外にも、子どもたちが月桃にふれる機会が増えれば、子どもたちが月桃を「プー」と鳴らす音が聞こえる日が来るのかもしれない。1

【編集部注】

  1. 大東諸島には固有種のダイトウゲットウがあり、精油や石けんとして、また、お菓子のフレーバーに使用され、島の特産品になっている。