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集団自決しゅうだんじけつ

執筆者:

読谷村のチビチリガマでは80名以上の集団自決が起きた
写真:嘉納辰彦

沖縄戦中、激戦地で発生した集団死。実数は不明だが、慶良間けらま諸島をはじめ、伊江島、沖縄本島中南部など激戦地のほとんどで多発したものと思われる。そのほとんどが一般住民の集団死。戦時中の皇民化教育の影響下にあった住民が、米軍の捕虜になることを恐れ、一種のパニック状態の中、家族単位や壕単位で防衛隊や義勇隊が持ち込んだ手榴弾などを使って自決した。かみそりや縄などを使って、家族同士で殺し合う例もあった。一般住民を(日本軍の作戦として意識的に)巻き込んだ陸上戦である沖縄戦の特徴を示した事件のひとつ。

先日、渡嘉敷とかしき島出身の母親と話していたら、あるテレビ番組の話になった。
 その夏、ある人気の刑事番組が渡嘉敷島でロケをした。犯人の逃亡した先が、夏の沖縄の離島だったという設定らしかった。何気なくその番組を見ていた母は、そのクライマックスシーンで妙な違和感を覚えたという。追い詰められた犯人との銃撃シーンは、こうした番組ではおなじみのものだが、その場所は、渡嘉敷島の山の中だった。激しく拳銃を打ち合うその音に対して、母の胸がわさわさしてしまうのである。
 番組が終わった後に気づいた。そこは「集団自決」の行われた場所のすぐそばだったのだ。子供だった自分が53年前確かにあそこにいたのだ。とたんに体が震えて涙がドンドン出てきたという。
 何故そんな場所で銃弾を鳴らさなくてはならないのだろうか。島の人は気づかなかったのか。そして何故自分は、こんなに心が痛むのだろうか。同じ島の中でも、あの場所でなければ、こんなに衝撃を受けなかっただろう。
 そのシーンを見ていた時には反応できなかったその事に、僕は母の記憶の底にある「集団自決」の重さを改めて感じた。翌日、ヤマトにいる島の同級生から母に電話があった。その人も、そのテレビを見て母と同じように衝撃を受けていた。そしてその番組に対して、そして島に対して怒りを覚えていた。

戦争体験のない僕にとって、沖縄戦とは、まず母の「集団自決」の記憶である。面と向かって詳しく説明してくれたわけではないが、幼いころからその気配を感じていた。
 この渡嘉敷島の「集団自決」に関しては、かつて様々な論争があったわけだが、僕はその事実が今も個人の体験として、「現在進行中」であることを改めて確認したいと思う。