南西航空
羽田空港の乗りつぎバスの中で、若い女性同士が南西航空のマークを指さし「あの飛行機なあに」とあどけない声をだしていたが、まだ南西航空の存在を知らない人がいたのだ。南西航空は本土より那覇、宮古、八重山諸島へ飛んでいる飛行機である。那覇より北大東島、南大東島、粟国島、久米島などへ飛び、石垣島からは与那国島や波照間島へと、空の離島の足になっている。
南西航空に乗りこむ乗客は南の島へのあこがれをもってどの顔もたのしそうである。帰りはアルコール度60度という泡盛「どなん」やパイナップルをおみやげに本土に戻る。離島との往復は天候に左右され欠航も多く、日数に余裕のない旅行者は泣かされる運命にある。南西航空で乗りついだ人はほとんどが、那覇のショッピング・カウンターで観光戻税制度を利用して、酒類や香水を買っていく。東京で桜が咲いた頃、南の島では海水浴シーズンがはじまる。まっ黒に日焼けした人がハイビスカスなどを手に夏のにおいをもちかえってくる。(沢野ひとし)
南西航空は羽田―宮古島線という国内で最も長い定期便を持つ。また、無味乾燥な名前の多い日本の航空業界にあって、南西航空という社名は具体的でしかも遠方への憧れに満ちた実によい名前である。(池澤夏樹)
「実によい名前である」とぼくが書いた2年後、この会社は「日本トランスオーシャン航空」という地域性をまったく欠く名に変わってしまった。日本航空の子会社という位置付けを強調するためであった。その後、労使間がぎくしゃくして、とんでもない時にストライキを打つという悪しき習慣が生まれ、利用者を嘆かせている。地域性を脱却して全国展開をという改名当初の方針は最近はだいぶ後退している。
名前は変わったが、島のおばあたちがこんなに長い無意味なカタカナの名を覚えるはずもなく、巷では今もって「南西航空」の呼称は健在である。また、今でも空港の片隅に「南西航空残留グッズ」として残る、あのオレンジ色と白の傘やステッカーを見つけることは、ファンたちの密かなる喜びとなっている。(池澤夏樹)