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マース

執筆者:

写真:垂見健吾

沖縄の言葉で塩をマースというのは、どうも「真塩」からきているらしい。塩は人間の生活に必須のものであり、なおかつ沖縄は周囲を海に囲まれているのだから、昔から製塩は行われていた。海水を直接釜で煮詰める直煮法もあったが、これは燃料を大量に使って効率が悪い。せっかく強い日射しがあるのだから、これを用いて海水の塩分濃度を高めて鹹水にしてから煮た方が賢い。実際、琉球文化圏の各地で行われていたのはこの方法である。大正の初期までは各村に塩浜があって、塩を作っていた。砂浜の塩田法のほかにサンゴ礁のくぼみを利用するといういかにも沖縄らしい方法もあった。

戦後復帰までは沖縄製塩という会社が美里みさと泡瀬あわせ(現沖縄市)で近代的な塩田法によって塩を作っていたが、復帰で廃業。

その後は日本専売公社の塩が用いられたが、やがて専売公社(現日本たばこ)は塩田法による塩を捨ててイオン交換法による塩を国民に強制するようになった。これがあまりにまずいというので、最近になって天然の塩が解禁され、沖縄でも数社がそれぞれの方法で塩をつくっている。輸入岩塩を1度溶かして再結晶させているところもあるが、ここでは最も優れていると思われる粟国あぐに島の「粟国の塩」を紹介しておこう。

これは枝条流下式と呼ばれる方法で、まず穴あきブロックを積んで、風が吹き抜ける高さ10メートル弱の囲いを作る。中に無数の竹を逆さに吊るし、ポンプでくみ上げた海水を流す。海水が竹の枝から枝へと滴り落ちる間に水分が蒸発して、それだけ塩分が濃くなる。何度も繰り返し流してやると、4日目には約6倍まで濃縮される。

この先は2つやりかたがあって、一方は浅い平たい釜に入れて薪の火でこの濃い海水をゆっくり煮詰める。もう一方は温室の中に作った浅い槽に入れて天日だけで水分を飛ばす。どちらの方法でも、最後に結晶してきた塩を集め、底が竹の簀の子になった容器に入れて、残った僅かな水分を下に流して塩を乾燥させる。

なにが優れているかといえば、多様なイオンの含有量。イオン交換法の塩は塩化ナトリウムしか入っていない。もともと海水に含まれていた他のイオンを捨てられてしまうのがまずい理由であり、健康のためにもよくない。「粟国の塩」では15パーセントが塩化ナトリウム以外のイオンで、この数字は世界一であるという。

もう一つ特筆すべきはこれが、離島で、過疎化し、農業さえもあまりないという粟国島の問題点をすべて利点として用いた産業だという点である。人が少なく農業が奮わないから、海が廃棄物や農薬で汚れていない。外洋の小さな島で風が強いから海水の濃縮が早い。開発者の小渡幸信さんは日本の消費量の1パーセントが「粟国の塩」になれば、島はこれだけで食べていけると言っている。県外に売る物が少ない沖縄で、一人で長らくこつこつと研究をかさねてきて、商品化からヒットまで持ち込んだ姿勢はまこと賞賛に値する。