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琉球犬りゅうきゅうけん

執筆者:

写真:垂見健吾

犬にもウチナーンチュがいる。沖縄の在来種、琉球犬である。一時期、外来種との混血化が進んで絶滅しそうになったが、最近になって注目され、純血種の保存がおこなわれている。もっとも沖縄の年寄りにとっては、琉球犬と聞いても、はぁ?という感じかもしれない。以前はトゥラーとかアカインとか呼ばれていたが、在来犬として保存する動きが生れたときに、琉球犬と命名されたのだ。トゥラーは虎模様、アカインは赤犬のことで、ほかに白毛がいる。

琉球犬の外見的な特徴は、まずストップ(前頭骨の額段部)が浅いこと。オオカミのように目の位置からほぼ真っ直ぐに細い鼻が突き出している。これは古い時代の犬に見られる骨格だ。耳はピンと立ち、左右の間隔が広く、逆八のかたちに頭の外側に伸びている。胸は厚みがあり、白毛のスポットがあり、前脚が発達している。尾は巻かずに立っている差尾が多い。

全体としてキリッとして精悍な風貌だが、獰猛ではない。人に対しては従順かつ忠実、無駄吠えをせず、嗅覚が鋭く、動きは敏捷である。繁殖力にもすぐれ、母犬は熱心に子育てをする。甘やかされて育ったいまどきのペット犬に、爪の垢でも煎じて飲ませたいほどの良質犬だ。

沖縄ではおもにイノシシ狩りのためにこの琉球犬を飼育してきた。沖縄古来の狩りは、猟犬が追いこんだところを人間が槍でとどめをさす「インビキ」(犬引き)という方法である。これはアジアの他の地域でも見られる狩猟の方法だが、ヤンバルにはいまもこの方法で猟をする人がいる。トラックに犬を載せて山道を走ると、大将格の犬がいち早くイノシシの臭いを嗅ぎつけて走行中のトラックから飛び下りる。するとほかの犬もつづいて飛び下り、山の中に走っていく。大きな獲物ならば槍で急所を一突きし、小さい場合は犬が独力でしとめて主人のところに引っ張ってくることもある。あとは獲物を槍に結びつけ、肩にかついで下りるだけ。お手柄は犬にある。

犬は人間が飼いならした最初の動物だと言われる。日本には狩猟民だった縄文人とともにやってきたのが最初で、のちに朝鮮半島経由に弥生人の連れた別の種類が入ってきた。琉球犬は弥生以前の縄文犬の遺伝子が強く、日本古来の犬の血をとどめているという。おもしろいのは、北海道犬(アイヌ犬)と遺伝子構成が非常に似ていると指摘されていることだ。日本本州では弥生犬との混血が進んだが、海で隔てられた沖縄と北海道ではそれが少なく縄文犬が残ったのである。沖縄人とアイヌ民族との類似性はよく取り上げられるが、犬についても同じというのは、犬が人間とともに移動してきたことの確かな証といえるだろう。

ところで、沖縄のほかに琉球犬とよく似た犬が大量にいるところがある。インドネシアのバリ島である。ストップや耳のかたちといい、虎毛の模様といい、まるで琉球犬そっくりである。正確なことは遺伝子構成を調べなければわからないが、島国には古い血が残りやすいという見本を見ているようで、感激させられる。