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マングローブ

執筆者:

写真:垂見健吾

西表いりおもて島の上空をヘリコプターで飛んでみたことがある。

鬱蒼とした常緑広葉樹の山並を越えると、山の麓から海岸までビッシリと浅緑色の絨毯を敷きつめたようなマングローブ林である。ググッと急降下し蛇行する川沿いに飛ぶと、サギやシギなどの大型の鳥類が慌てて舞い上がり、川面にいくつも魚が跳ね、川を曲っても曲ってもマングローブ……。

沖縄本島では河川改修や埋立工事のため急速にマングローブ林が消滅しつつあるが、石垣島の一部や「日本のミニ・アマゾン」と呼ばれる西表島ではまだまだ健在だ。

マングローブとは、汽水域に成育する樹木の総称。耐塩性があって海水に適応している。根の形に特徴があり、タコの足のように持ち上がっていたり(支柱根)、鉛筆のように地面から突き出ていたり(気根)、している。世界中の熱帯の海岸域に広く分布し、種類はおよそ100種。北限にあたる日本では琉球諸島を中心にそのうち7種を見ることができる。

浦内うらうち川周辺をボートで遡った時には、マングローブの林の中を歩き回った。

外からは真っ暗に見える林の中も入ってみると予想以上に明るい。蛇や蚊やブヨやヒルの栖と思っていたのだが、それは間違いだった。泥濘地で人間が足を踏み入れないせいもあって生き物たちの聖域なのだ。梢には野鳥が飛び交い、根の上にはトビハゼやヤドカリ、湿った林床には無数のカニや巻き貝が棲息し、泥を掘れば巨大な二枚貝やアナジャコ、そして絡み合う根の間のせせらぎには、サヨリやチヌやフグやヒラアジやミナミクロダイなどの稚魚がいっぱい群れている。

琉球大学の馬場繁幸博士によれば、「一般公海の生態系生産力を1とすれば、生物の宝庫とされるサンゴ礁域が16、しかしマングローブ域はもっと豊富な21になる」そうだ。大量の落葉が大がかりな食物連鎖を支え、マングローブ林の存在自体が熱帯海域の水産資源量を左右しているのである。大気中の二酸化炭素(CO)を熱帯雨林の十数倍も土の中に固定できることから、地球温暖化防止の役割も見直されている。

熱帯の海岸線の約半分はマングローブ林であり、分布する国は92カ国に及ぶ。だが、多くの国では建材、燃料、家畜飼料として日々伐採されており、インドでは20世紀になって全体の4分の3が、バングラデッシュでは3分の2がすでに消滅した。

マングローブ林の消失は日本にも責任がある。日本はマングローブ林を潰して作った池で養殖されるエビの最大の消費国であり、マングローブ用材から作る高級パルプ(コンピューター用紙の材料)の有力輸入国だからだ。

日本のマングローブ林は、西表島や石垣島などに約4平方キロが残るのみである。けれど幸運にも残っている地域はほとんど荒されてない。1990年、マングローブ林の保全と持続的利用を目的とした国際マングローブ生態系協会が設立され、事務局が琉球大学内に置かれた。1998年の時点で、国際マングローブ生態系協会1はマングローブに関する世界最大のNGOとなっている。地球規模の使命を果たす大役を沖縄が担う時代がやってきたのだ。

【編集部注】

  1. 国際マングローブ生態系協会(ISME)は発足以来30年以上に亘って、世界のマングローブの植林、保全・再生、人材育成などの活動を広く続けている。