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ヒヌカン(火の神)

執筆者:

写真:垂見健吾

台所の竈のある場所に祀られた神。特に決められた御神体があるわけではないので、現在ではガスコンロの上の方に小さな棚を設けて香炉を置き、その象徴とする。沖縄の神様の中では一番人々に親しまれている神様で、毎月旧暦の1・15日には線香やお水を捧げて日々の感謝や願いごとをする家庭も多い。

例えば、新年のあいさつもここから始まる。「今年は1999年、卯年です。この家に住む◯◯(家族全員の名前を言う)が健康に暮らせますように。とくに次男の◯◯は受験ですので、自分の力を十分発揮できますように見守っていてください」

1日・15日ではなくても、とにかくことあるごとに手を合わせる。人間が一方的に頼っている神様なのである。

仲松弥秀1氏によると、「沖縄諸島に仏壇が登場したのは後世のことで、それ以前、家庭を守るのは火の神のみであった」というから、その習慣が今でも継承されているのだろう。

ヒヌカンは、今風に言えばインターネットのプロバイダみたいに幅広いネットワークを持つ神様でもある。故郷が遠くにあって、とある場所に拝みに行きたいがそれもままならないといった場合には、ヒヌカンに手を合わせて「通しウグヮン(拝み)」をやる。すると、ヒヌカンが伝えてくれるというのだ。

ほかに、屋敷の拝みなどをする場合にも、まずヒヌカンに「今日は屋敷の拝みをします」と報告する。すると、土地の神様にヒヌカンが「今日やるってよ」と連絡をとってくれるので、拝みが通りやすくなるそうだ。

実に人間思いの神様なのである。僕の家にもヒヌカンを祀っているが、手を合わせると本当に見守ってもらっている気持ちになるから不思議だ。こんなお願いごとをしても通らないだろうと思っているときは、だいたい自分が努力もしないで欲深くなっているとき。個人的には、ヒヌカンは自分の心を映す鏡の役割もしてくれている。

【編集部注】

  1. 仲松弥秀(1908~2006) 沖縄県恩納村生まれ。地理学者、民俗学者。主な著書に『神と村』『古層の村』。