アカショウビン
芭蕉布の里として知られる大宜味村喜如嘉には、七滝と呼ばれる滝がある。大川川の支流に位置し、のんびりとした喜如嘉の集落によく似合う、物静かな観光スポットだ。
この七滝の近辺には、毎年5月ごろアカショウビンが南から飛来し、緑豊かな森の中で繁殖のために営巣する。カワセミ科の鳥で全長約27・5センチ。くちばしも体も赤っぽいことから名がついたこの渡り鳥は、派手な姿とは逆に恥ずかしがり屋で、いつも森の中に隠れているという。沖縄本島全域に渡ってきているようだが、熱心な野鳥愛好家でなければめったに会うことができない鳥だ。
七滝を訪れるアカショウビンに惚れて、川のほとりに「小春屋」1という喫茶店を開いたのが市田豊子さん。初夏から秋にかけて、毎日のように観察に出かけるという。
「毎年、2組のつがいは店の近くに営巣するんです。あるときカラーリングを足につけたら、翌年も同じ鳥が来ていた。不思議ですよね、フィリピンかどこかからやってきて、きちんと自分の巣を見つけるんですから」
別亜種でリュウキュウアカショウビンもやってくるという。素人には、大きさも色もアカショウビンとほとんど見分けがつかないのだが、市田さんのようなベテランなら「お腹が少し白っぽいから分かる」らしい。琉球の名がついているので沖縄だけに生息するのかと思っていたが、これもほかのアカショウビンと同じく、9月頃になると南へ渡るのだという。
沖縄の方言ではアカショウビンのことを、一般に「クカルー」、または「コカルー」と呼ぶ。地域によって少しずつ変化するが、喜如嘉では「コハルー」「コッパルー」になるらしい。市田さんの店の名は、いわば「アカショウビン屋」である。
同じカワセミ科で、世界中の鳥類学者の間で幻とされている鳥、「ミヤコショウビン」も沖縄にはいた。こちらは全体が深い青色を基調とし、頭と腹の部分だけが栗色。アカショウビンよりやや小さいという。1887年に宮古で採集され、はく製標本が東大標本室に送られた。しかし、この鳥が学者の黒田長礼によって新種と発表されたのは、なぜか採集から32年後の1919年。その間に、アメリカの研究者にも鑑定してもらうため、はく製は海を渡っているが、何の助言もなく送り返されてきたのだという。
新種と発表されてから調査も行われたが、1羽も確認されていない。つまり、世界にひとつの標本が残っているだけなのだ。もちろん、標本は鳴かないし、食べない。ミヤコショウビンはその鳴き声も習性もしられることなく、1個の骸だけでその存在の形跡を物語っているのだ。
【編集部注】
- 2023年現在は閉店。