月ぬ美(かい)しゃ
初めて自分の子どもが出来た時思ったのは、「子どものために口ずさめる唄があればいいな」ということ。沖縄には数多くの童唄もあるし、子守唄だっていろいろある。僕自身は残念ながら幼い頃、そうした唄を聞きながら育った記憶がないので、是非我が子にはそうした記憶を残しておきたかった。上手い、下手は別にして。
出産直後、お産を手伝っていた僕は、数分間生まれたての我が子と2人きりになるチャンスがあったので、ものすごく緊張して抱っこしながら、ウェルカムソングとして子どもの耳元で「白保節」を歌った。この唄はまことにめでたい唄で、石垣島の白保村にミルク世が給われ、みんな集まって歌い踊ろうじゃないかという内容だ。八重山民謡歌手・新良幸人さんが得意とする八重山定番ソングである。
この歌のおかげかどうか、我が子はすくすく育ち、親の影響で八重山民謡を好む子になっていた。幼児特有の眠れぬ夜には、抱っこして、母のおなかの中にいる頃から聞かしていた「月ぬ美しゃ」を歌えば、いつの間にか寝息を立てていた。もっとも眠るまで歌い続けたということもあるが。
月ぬ美しゃ 十日三日
美童 美しゃ 十七つ
ホーイチョーガ
月が美しい十三夜
乙女が美しい十七の頃、
(新城和博訳、以下同様)
もともと八重山の唄であるが、子守歌として全琉で歌われているこの歌、個人的には沖縄の唄ベストスリーに入る傑作だと思う。やわらかなメロディとゆるやかに変化していく曲展開、月の美しさを歌ううちに、いつのまにか淡い恋心を秘めたラブストーリーになっていく歌詞……。こんな歌を子守歌として歌えるなんて、沖縄に生まれて良かったとつくづく思うのだ。
東から上りよる 大月ぬ夜
沖縄ん 八重山ん 照らしょうり
東から上がる満月の夜
沖縄、八重山の島を照らしているよ
この歌詞のように、首里の夜空にも月は輝き、僕は子どもと散歩しながら、「月ぬ美しゃ」を一緒に歌った。そう、我が子が初めて覚えた民謡は「月ぬ美しゃ」であった。
あんだぎなーぬ 大月ぬ夜
我ーがけーら 遊びょうら
こんなに素敵な満月の夜だ
みんなそろって夜宴をしよう
ここ数年、お正月には座開きライブとして、Mさんの自宅で「あかぎ亭ライブ」と称して、ドゥシ小(友人)、シッチョールー(知人)を50~60名集めて宴を開き、新良幸人さんに歌ってもらっている。ライブを重ねていくうちに、参加する子どもの数も増えてきた。我が子も3歳頃から参加している。料理の準備などをしている昼間から子供たちは集まってはしゃいでいたのだが、夕方になり、ライブが始まる頃になると、意外なほど静かにして、新良さんの三線と唄に注目していた。
びらまぬ家ぬ東んたんが
むりく花ぬ咲かりょうり
うり取るぃ 彼取るぃ
なつぃきばし
びらまぬ家ゆ見舞す
あの貴男の家の東の方をみていると、
むりく花が咲いている。
その花をとるふりをして
あの貴男の家をたずねたい
おもしろかったのは、「月ぬ美しゃ」が始まった時だった。新良さんが「つきぃぬかいしゃや……」と歌い出してしばらくすると、一緒に口ずさんでいた我が子は、スーっと静かに寝入ってしまった。そして気が付くと、周りの子供たちもみんな息を合わせたかのように、一斉に眠ってしまったのである。昼間の疲れが出たのだろうが、改めてこの唄の子守歌としての実力を感じた瞬間だった。どの子も、アルファ波バリバリの寝顔。子守歌を聴きながら眠る、これに勝る幸せがあるだろうか。子供たちがとてもうらやましく思った夜だった。