辺野古新基地建設反対運動

写真:嘉納辰彦
辺野古新基地建設は1995年の米兵による少女暴行事件に起因する1。沖縄県民の怒りは8万5千人の大抗議集会となり、日米政府を動かし、1996年12月、沖縄の基地負担軽減を謳った「SACO最終報告書」(正式には「沖縄に関する特別行動委員会」の最終報告書」)が発表された2。しかし同書は、基地能力の維持や日米同盟の強化も謳っており、それが人口密集地域にあり、世界一危険と言われる普天間飛行場(宜野湾市)の県内移設、すなわち辺野古(名護市)新基地建設計画となっていった。
移設先の名護市では、計画反対を訴える「命を守る会」「ヘリ基地反対協議会」が結成され、1997年12月には名護市民投票を通して建設反対の民意が示された。しかし、日本政府が建設計画受け入れの見返りとして地元への「振興策」を示したところ、比嘉鉄也名護市長は「苦渋の決断」として、市民投票の結果に反し、基地建設の受け入れを表明。一方、1997年9月に那覇防衛施設局(現沖縄防衛局)の調査により辺野古沖で絶滅危惧種であり国の天然記念物のジュゴンが確認されると3、新基地建設は環境問題としても注目されるようになる。国際自然保護連合(IUCN)がジュゴン保護の勧告を出し(2000年)、米国では「ジュゴン訴訟」(2003年)が始まり、国際的な環境問題となった4。
新基地建設計画は止まることなく、2006年4月、辺野古・大浦湾の一部を埋立て1800メートルの滑走路をV字型に2本とする現在の計画の「沿岸案」として日米政府で合意5。2007年より環境影響評価法(環境アセス)に基づき沖縄防衛局が調査を行うと、辺野古・大浦湾はジュゴン、アオサンゴを含む262種の絶滅危惧種を含む約5300種の生物が生息する生物多様性の豊かな海であることが明らかになった6。それでも沖縄防衛局は「環境に影響なし」の予測評価を行い、新基地建設は次の段階へと進む。
2013年12月、それまで反対の立場を示していた仲井真弘多県知事が立場を翻し7、基地建設のための埋立てを承認する。政府による「振興策」や「普天間の5年以内の運用停止」の提示が承認に繋がった。そして2014年7月、キャンプ・シュワブ(名護市と宜野座村にまたがる在日米軍海兵隊の基地)内の陸上部での工事が開始された。
その後2014年11月の知事選挙で、辺野古新基地建設反対を掲げた翁長雄志が、10万票の大差で仲井真弘多を破り知事に就任し、2015年10月には仲井真前知事による埋立て承認を取り消す8。しかし日本政府は県を訴え、2016年12月に最高裁で県の敗訴が確定すると、2017年4月には海域での護岸工事が始まる。2018年8月に翁長知事の急逝の後、翁長知事の意思を引き継ぎ、基地建設反対を訴える玉城デニー氏が翌9月の知事選挙で勝利し、さらには2019年2月の県民投票では建設反対の民意が示された9。
日本政府は、幾度も示される反対の民意を「真摯に受け止める」としながらも、工事の法的正当性を主張し、工事を強行している10。工事による環境への影響をモニタリングする沖縄防衛局は、辺野古・大浦湾からジュゴンが消えても、サンゴの移植が失敗しても、基地建設との関連性を否定し、「環境に影響なし」の見解を主張し続けている11。
2018年12月、辺野古側に埋立てのための土砂投入が始まったが12、その1か月後の2019年1月、辺野古新基地建設の正当性や妥当性を根本から問う問題が公になる。建設地大浦湾側の一帯に存在する「マヨネーズ状」の軟弱地盤の存在と、大規模な地盤改良工事の必要性を日本政府が認めたのだ13。2020年4月、沖縄防衛局は、軟弱地盤改良のための「設計変更」を沖縄県に申請14。地盤改良工事は、直径1.6〜2メートルの砂杭1万6千本を含む7万1千本の杭を、最深で水面下70メートル以上まで打ち込む大規模な工事だが、沖縄防衛局はこの工事も「環境に影響なし」と予測評価した。工事費も当初の2300億円から9300憶円へ膨れ上がり、工期も5年から12年へと延長された。
2021年11月、玉城知事は沖縄防衛局の設計変更申請を不承認とし15、その理由として、1)軟弱地盤の調査、検証が不十分である、2)これまでの工事でジュゴンにすでに影響が生じているにもかかわらず、地盤改良工事によるジュゴンへの影響の調査、検証が不十分である、3)地盤改良工事を含む辺野古新基地建設の完成の見通しが明らかではなく、普天間飛行場の危険性除去の解決にはならない、を掲げた。ジュゴンに関しては、国際自然連合(IUCN)が、2019年に南西諸島のジュゴンをCritically Endangeredとしてレッドリストに記載したことが県の不承認通知書に明記された16。
その後沖縄防衛局は、玉城知事の不承認を違法だとして裁判所に訴え、2023年12月20日、福岡高裁那覇支部が玉城知事に承認するよう命じる17。玉城知事は不承認の立場を維持するとし、最高裁への上告を表明するが、12月28日、斉藤鉄夫国土交通大臣は「代執行」という国家権力をもって沖縄防衛局の設計変更申請を承認する18。2024年1月10日に大浦側での工事が再開され、8月には護岸造成のための、2025年1月には地盤改良のための杭打ちが始まった。
軟弱地盤と地盤改良工事については、基地建設に反対する沖縄県や市民社会以外からも懸念や疑念が示されている。玉城知事の設計変更申請の不承認を違法とした福岡高裁も、その判決文において「工事を進めるに当たっては更なる設計概要変更等の必要が生ずる可能性のあり得る」としている19。また米国連邦議会の議会調査局や会計検査院も、軟弱地盤改良工事の困難さを指摘している20。米国の有力シンクタンク戦略国際問題研究所(CSIS)は、基地建設の実現性自体を疑問視する報告書を出している。在沖米軍幹部からも、軟弱地盤が軍事運用上問題であり、完成は早くて2037年、あるいはそれ以上かかると予測しており、米軍としては普天間を使い続けたい、などの懸念と見解が表明された21。また2024年6月には、連邦議会議員から米国会計検査院に対して、「問題は解決されていない」とし、軟弱地盤の検証を含む工事の進捗状況の調査の要請が行われている22。そして、これらの過程を反映するかのように、2025年2月の石破茂首相とドナルド・トランプ大統領による共同声明では、これまでの首脳共同声明で示されてきた「辺野古が唯一の解決策」という文言が消えている23。
完成の実現性が疑われる辺野古新基地が、普天間飛行場の危険性除去の解決にはならないことは明確だ。
【編集部注】
- 米兵少女暴行事件について。
- 「SACO最終報告書」の和訳/仮訳。
- 那覇防衛施設局(現沖縄防衛局)の1997年〜2000年のジュゴン調査の報告(抜粋)に関する資料。
- 国際的なジュゴン保護の取り組みについての沖縄県のまとめ。
- 普天間飛行場代替施設の施設配置は沖縄県環境影響評価審査会の資料。
- 沖縄防衛局の「普天間飛行場代替施設建設事業に係る環境影響評価書(要約書)」。
- 仲井真知事の埋立て承認に対する沖縄県議会の抗議決議文。
- 翁長知事の承認取り消しを巡る経緯や裁判資料。
- 県民投票の結果に対する沖縄県の説明。
- 県民投票の結果に対する安倍晋三首相の見解。
- 工事の影響についての沖縄防衛局と環境監視等委員会の調査結果や見解。
- 埋立ての土砂投入に関して全国紙が一面で報道したことについての沖縄タイムスの記事。
- 軟弱地盤の存在と地盤改良工事の必要性を安倍首相が認めた記事。
- 沖縄防衛局による「設計変更申請の概要」資料。
- 沖縄県が沖縄防衛局に提出した「不承認通知書」。
- 国際自然保護連合(IUCN)のレッドリスト(2019年)においての南西諸島ジュゴンの評価や辺野古新基地建設への見解。
- 福岡高等裁判所那覇支部の判決文。
- 国土交通大臣による代執行についての記事。
- 福岡高等裁判所那覇支部の判決文。
- 米国連邦議会の議会調査局や会計検査院、米国シンクタンクの軟弱地盤問題に対する見解と見解の出典については著者の拙稿。
- 2023年11月7日の在沖米軍幹部の見解についての記事。
- ジェームス・モイラン連邦議会議員(下院軍事委員会)による会計検査院への要請文。
- 石破茂首相とドナルド・トランプ大統領の共同声明の原文。