星砂
「星砂が歩いているの、見たことあるかい」
突然尋ねられた。どこの土産品店でも小瓶に詰められ売られている、あの星形の砂が歩くというのだ。星砂が、一時流布していた話のように何万年か前の有孔虫の化石などではなく、バキュロジプシナという現生有孔虫の殻であるとは知っていたが、浜の真砂と化した星砂と、歩くというイメージは容易に結びつかなかった。
「いえ」とだけ答え、あっけにとられているうちに話は変り、「星砂は、僕たちにとって一種のボーナスでもあるさぁ」、つぎつぎにジャブが繰り出される。久々に訪れた鳩間島の民宿。最近島に戻って来たというそこの息子が、「ふだんはよ、海に潜って魚を突いているさぁ。ボーナスは春先の星砂採り。1斗8500円、こないだまで1万円したのによぉ。それでも一季節で100万にはなるさぁ」。
裏の浜の海中から主に生きたものを採ってきて、水洗いし、漂白、乾燥して出荷するとか。「ちょっとだけ残ってたかなぁ」と泡盛のコップを置いて捜して来たのが、時々店で見かけるようになったどことなく不自然なタイプ。星の光綵が妙に鋭く、中心部が微かに灰色がかって、どこか病人の肌のよう。
自然に死んで浜に打ち上げられたものは、太陽と潮によく晒され健康な肌色。星の光綵もどこか丸味を帯びている。
星砂は竹富やら西表の星砂の浜が有名だが、僕の実見しただけでも、屋久島以南の肌色を帯びた白砂の浜には必ずある。丸くて薄っぺらでまるで小銭のような形のゼニイシ、星砂より一廻り大きく、太陽が棒状の光綵を放っているようなタイヨウノスナ(出来損いの人工衛星に見えて仕方ない)などが混っていることも多い。
ところで、実際に確かめた星砂の歩みはどうだったか。裏の浜へ行き、水中メガネとシュノーケルを着け、膝ぐらいの深さのところに浮かんだ。ひどい近眼の僕には、初めはボヤボヤとした肌色の砂地に見えたが、しばらくするとそれがもう死んでしまっている大量の天然晒しの星砂であることが分った。ぐいと軽く潜り海草を凝視。パラパラと可愛らしい星砂がくっついている。姿は死んだものと変らないが、なんとなく黒ずんでいる。微かな波にも揺れる海草。なおも見続ける。星砂はゆっくりと歩いていた。足どりのおぼつかないカタツムリのように動いていた。星が歩いている。殻の表面の細かい穴から擬足を出して歩くという。
口に含んでみた。噛み砕くと、歯に挟った肉の滓のようなものが舌に残った。確かに生物らしい。海面に浮く。浮いたままで歩く星砂を眺め続ける。不思議なほど安らぎを与えてくれる歩みは、いつまで見ていても飽きない。