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ヒージャー

執筆者:

写真:垂見健吾

運動会の後、久しぶりの全力疾走でよれよれになっていた体に、山羊(ヒージャー)汁が染みた。
 「にいさん、よかったら山羊のおつゆ食べんね。ちょっとにおうけど疲れた時は最高よ。この臭い大丈夫ですか」
 八重山、鳩間はとま小学校の小さな校舎の脇で、五衛門風呂を思わす大釜がもわもわと湯気を立てていた。それが初めてのヒージャー。鳩間ではピージャーといっていた。馴れない分獣臭く感じたが、手が出ないほどではない。熱い汁を啜ると、しつこいくらい濃厚な味。これが体に効きそう。当時(1976年)の鳩間島は人口20強。小学生1名。しかし、運動会は僕のような旅行者まで参加、たっぷりと行なわれ、その後にソフトボール大会までも。小学校の行事というより、島の存続をかけた「鳩間島健在なり」というデモンストレーションと言った方がよさそうだった。石垣市の鳩間郷友会も全面協力しているらしい。
 こんな会があると、沖縄ではよく山羊をつぶす。運動会などの前に力をつけるために食べることもあれば、後で疲れを癒すためということもある。いつか黄昏、「すきやきができたさぁ」の声。おやおや牛までと思いきや、山羊の内臓の煮込み。肉と骨だけ使った汁より一層しつこいが、泡盛との相性はピッタリでうまい。校庭の芝の上に場所を移す。誰かが八重山の寿ことほぎの歌『鷲の鳥(ばしんとぅい)』を歌い出すと、もうそれに合わせて舞っている人がおり、なま暖かい秋の宵闇に三線サンシンの音が響いた。

山羊は汁や煮込みで食べるのが普通だが、最近は刺身にして食べることも多い。ただし、全くの生ではなく山羊の土佐造りといった感じ。食生活の向上とともに需要が増え、品不足気味の山羊は肉の中で一番高いという。刺身は主に皮とロースだが、僕はコリッとした皮の方が好きだ。生姜入り酢醤油などで食べる。藁を焚いた火でじんわりあぶりながら焼くと、火が柔らかいからゆっくり肉全体に熱が通って、上等のローストビーフのようになる、これが本物の刺身だという。