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八重干瀬やえびし

執筆者:

写真:嘉納辰彦

ヤエビシあるいはヤビジと読む。宮古島の北に隣接する池間いけま島の北方にある広大な珊瑚礁の浅瀬。東西6・5キロ、南北には10キロという大きな規模のもので、潮が引くと群島のように海面に出てくる。特に旧暦3月3日の大潮の日には広い陸地が現れたように見え、池間島や宮古島の女たちにとっては恰好の浜下はまおの場となってきた。
 しかし、ここは島の人々にとって1年を通じて重要な漁場である。彼らがいかに親しく八重干瀬にかかわって生きてきたかを知るには、普段はほとんど水面下にあるこの礁の要所要所に100を超える数の地名が付されていることでもわかる。潮が引いて顔を出す島の一つ一つにドウ、ウッグス、ウツ、カナマラ、アイフ、等々の名がつき、それぞれの中の所々にまた細かな名称がある。昔、汽船が難破したところが蒸気干瀬ジョウキビジといった具合。

貝や魚を求めてここに行く船は、近づく前にまず米と泡盛をささげて御願ウガンをする。礁そのものがここでは八重干瀬の神ヤビジヌーカンなのである。干瀬での漁は半ばは採集のようなもので、女や子供でも容易に収穫がある。しかも珊瑚礁は魚の湧く海と言われるほど豊穣だから、すぐ近くにこれが控えていることは池間島の生活をずいぶん楽にしたことだろう。
 ただ、最近ではここもオニヒトデで珊瑚が死滅してずいぶん荒れたようだ。ダイバーたちの乱獲で獲物が減ったという声も聞く。池間島そのものが若い人口を失って老人ばかりになってしまった。八重干瀬がこれから誰によってどういう形で利用されるのか、むずかしい問題である。浜下りの日に観光客で賑わうだけになるとすれば、残念なことだ。