かりゆし
琉歌などでは「かれよし」と表記されているが、実際の発音では「かりゆし」になる。漢字では嘉例吉と表記。縁起がよいこと、めでたいこと。
古くからあるこの雅びな言葉は観光宣伝用にむやみに使われて手垢がついてしまったが、ほんとうは現在も日常のなかで生きている。例をあげると──
①お祝いで歌をうたうようなとき、「かりーちきゆん」という。かれいをつける、縁起をつける、という意。②お祝いの料理を「かりーなむん」つまりかれいなもの、という。
いずれの場合でも、沖縄では「かり」「かりゆし」と名づけられる、何かめでたいものが、目には見えないけれども存在しているらしい。魂が存在するように、めでたいものが存在するのだ。それを身におびる、あるいは身につけるのが大切なのだ。
沖縄語の専門家がどう考えるかわからないけれど、古い琉歌では、「船」「旅」の枕詞のように、「かれよしの」が置かれている例が多い。また、『道ぬ島歌』という民謡では、「かりゆし、かりゆし」が船頭のハヤシ詞になっている。もともとは旅の無事を祈る呪術的な言葉だったのではないだろうか。(杉山透)
かりゆしを漢字で書くと「嘉例吉」。広辞苑によると、嘉例は「吉例」の意で、鎌倉期以前の古語という。めでたいことばである。沖縄では今もふつうに使われているから、会社名や船名になったりする。ついには、国体まで「かりゆし」の名を冠せた。
乾杯の音頭にこれを取りこんで、自ら「布教」にこれつとめているのが比嘉良雄氏である。比嘉氏は、オリオンビール副社長、NHK沖縄放送局長、沖縄セルラー社長などを歴任した。
祝いの席で「カンパーイ!」とやって酒を飲みほすのは沖縄とて同じだが、この音頭を聞くほどに違和感がつのる。ヤマトゥのおしきせでない、沖縄独特の乾杯のやり方はないものか、と考えるようになった。学識者や資料に当たってみると、もともと沖縄には乾杯の風習がなかったらしい。従ってことばもない。わずかにカミヤビラ、カミティウニゲーサビラ、アヤカイビラ、クヮッチーサビラ、リーサイ、といったことばが近縁語として挙がったが、乾杯の音頭で発声するにはいまひとつ勢いがでない。
「カリーではどうでしょう」と提案したのが琉舞のお師匠さん玉城節子さんだった。比嘉さんはこれに飛びついた。――これならいける、と確信をもった。意味はもちろん、音も3音で響きもいい。勢いも申し分ない。三拍子そろっている。
さっそく実行に移した。
「皆さん、では乾杯をしたいと思います。
うちなーぐち、沖縄のことばで乾杯をカリーと申します。漢字で書くと嘉例です。うちなーぐちで音頭を取りますので、皆さんもカリーとご唱和ください」と前置きし、「ぐすぅよぅ、カリーさびら。カリー!」とグラスを高々とかかげた。
「カリー!」すかさず大合唱が起こって、会場は盛り上がった。ぐすぅよぅは「御衆よ」で「皆さん」、さびらは「して下さい」の丁寧語である。
比嘉さんは「カリー布教」を昭和62年、オリオンビール副社長時代に始めた。今ではあちこちで、「ぐすぅよぅ カリーさびら。カリー!」「カリー!」と景気づけの乾杯がささげられている。「カリー」が「カンパーイ」を駆逐し、あたらしい沖縄の「乾杯の音頭」として定着するかどうかは神のみぞ知るだが、日本全国に地酒があり、地ビールが続々誕生している中、乾杯の音頭のみ全国共通語でやることもなかろう。
祝い座でかりゆしのカリーが飛び交うさまを想像するのは愉しい。(中村喬次)