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アマミノクロウサギ

執筆者:

提供:photoAC

1995年2月23日、国の特別天然記念物アマミノクロウサギやルリカケスが、県知事を相手どって鹿児島地方裁判所に訴訟を起こした。イソップの童話ではない。しゃれや冗談でもない。超まじめの訴訟である。
 原告はアマミノクロウサギ、オオトラツグミ、アマミヤマシギ、ルリカケス。これに自然保護団体「環境ネットワーク奄美」のメンバーが加わっている。
 被告は鹿児島県知事、土屋佳照氏。
 訴訟によると、鹿児島県は平成4年(1992)3月31日付で奄美大島住用すみよう村(現・奄美市住用町)のゴルフ場、平成6年(1994)12月2日付で龍郷たつごう町のゴルフ場建設計画に対し、森林法に基づく林地開発行為の許可を出したが、予定地には絶滅が心配されるアマミノクロウサギやオオトラツグミなど貴重な野生動物が生息している。すみやかに開発許可を取り消せ、というもの。
 提訴に対し裁判所は「動物が人間を訴えることはあり得ない」と門前払いをしたが、原告に自然保護団体が加わっているため、動物の代弁者と認めて訴えを受理、1995年7月3日第1回口頭弁論が行われた1

アマミノクロウサギは、奄美大島と徳之島にのみ生息する「生きた化石」。1896年、米国の人類学者ファーネスとヒラーによって発見され、4年後、新種として発表された。1921年(大正10)、わが国文化財保護法による天然記念物指定第1号となる。63年特別天然記念物指定。
 ウサギ目ウサギ科に分類されているが、学者によってはウサギ科をウサギ亜科とムカシウサギ亜科に分類し、アマミノクロウサギを後者としている。ムカシウサギ亜科は始新世後期に繁殖した種。アマミノクロウサギは琉球列島が大陸とつながっていた1000万年前、奄美群島にやって来た、と推定されている。
 日本の哺乳動物のなかでもっとも貴重種とされるアマミノクロウサギは、ふつうのカイウサギよりはるかに小さく、体重2・5キロ、頭胴長43~51センチ、耳の長さも5センチ足らずと極端に短い。尾も3センチ内外。体色は褐色をおびて黒っぽい。ただ、木の根などに穴を掘って巣穴とするため、爪は長くて強力。これは原始的穴ウサギ特有のものである。
 ススキ、シダ、タケノコ、サツマイモ、椎の実などを食べ、春と秋に、赤裸の子を1~2子産む。夜行性で、移動するとき「ピューイ」「ピューイ」と甲高い声で鳴く。この声で仲間とのコミュニケーションもはかる。
 巣穴にはふつう2~3羽が同居するが、猛毒蛇ハブとの「共生伝説」も知られている。しかし、捕獲されたハブの体内からアマミノクロウサギが発見されたことで、まことしやかな共生伝説もあやしくなった。

【編集部注】

  1. 2001年の鹿児島地裁判決は「却下」となったものの、「自然が人間のために存在するとの考え方をこのまま押し進めてよいのかどうかについては、深刻な環境破壊が進行している現今において、国民の英知を集めて改めて検討すべき重要な課題というべきである。」と、異例の言及をした。アマミノクロウサギは、2004年に国内希少野生動植物種に指定され、環境省レッドリスト2020では絶滅危惧種IB類に選定されている。2021年7月、貴重な固有種が多数生息する「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」の世界遺産登録が決定した。